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国際署名運動: 2008年1月、コロンビアのNGO団体Planeta
Pazと「イングリッド・ベタンクール委員会世界連盟(FICIB)」の主導のもとに、世界の進歩的知識人・民間人は以下のような宣言を発して、現在のコロンビアの悲劇的状況をまえに、彼等の苦悩と羞恥を語りました。 この宣言が発表された時点では、署名者は300人、そのうち228人がコロンビア人です。 そのうちの幾人かの名前を挙げると: · Nancy Fraser, 哲学者, New School of Research教授、米国 · Laura Restrepo,小説家, 2004年Alfaguara短篇賞、 コロンビア · Noam Chomsky, 言語学者、MIT教授, 米国 · Michel Serres, 哲学者, スタンフォード大学教授, フランス · Pierre Hassner, 政治学者,パリ政治学院教授, フランス · Victor Juan Gelman, 詩人, 2007年セルバンテス賞, アルゼンチン · Orlando Fals Borda, 社会学者, コロンビア国立大学教授, コロンビア · François Houtart, 人類学者, ルーヴァン・カトリック大学教授, ベルギー · Juan Manuel Roca, 詩人、2007年Lezama Lima賞, コロンビア · Boaventura de Sousa Santos, 社会学者, コインブラ大学教授、 ウィスコンシン大学教授,ポルトガル · Alain Touraine, 社会学者, パリ社会科学高等研究院・研究主任, フランス · Arturo Escobar, 人類学者, 北カロライナ大学教授,コロンビア · Manuel Moncayo, 前・コロンビア国立大学学長, コロンビア · Michel Molitor, 前・ルーヴァン・カトリック大学副学長, ベルギー · Philippe Texier, 破棄院司法官, 国連・経済社会文化権利委員会会長、フランス この宣言で彼等は、人質戦術を絶対的に糾弾し、自国の武力紛争の存在を認めず、国際人道法の自国への適用を拒否するコロンビア政府の無責任な態度を強く非難しています。さらに、国際社会の責任、特に米国政府とヨーロッパ共同体の政策をも、強く指弾しています。 FICIBとPlaneta
Pazは皆様がこの宣言書に賛同して、コロンビア惨状の無数の犠牲者のために積極的な連帯を示し、その惨状の終結を目指す数々の努力を支援して下さるよう、署名を募ります。 日常偏在的な暴力行為に抗議する 民主主義および社会正義を愛する知識人であり進歩的市民である我々は、社会があらゆる(政治的、経済的、社会的、文化的)暴力から解放されるよう提唱し、基本的人権や人としての尊厳の保障および社会の調和的な発展・平和を模索する権利を諸国民がもつよう主張します。 コロンビアを愛しコロンビアで生活している我々、コロンビアを去った我々、コロンビアに友人を持つ我々、あるいは、コロンビアを遠くからしか知らない我々――我々は人質たちに強いられた苦難、また、人質たちを通して見えてくる、一般市民を窒息死させ人間的尊厳の基本原則を踏みにじる、コロンビアの人々の置かれた底深い悲劇的状況を前にして感じる苦しみ、羞恥を、人々に告げたいと思います。 1、我々は先ず、「コロンビア革命軍事部隊」(FARC)やその他のゲリラ組織、パラ・ミリタリー組織(準軍事組織)、軍や警察など公的機関の一部、営利誘拐を行う普通犯などが用いる人質幽閉を断固として否定し糾弾する。幽閉はそれ自体、人質を肉体的に憔悴させ、社会的に死亡させる、恐ろしい犯罪である。そればかりか幽閉は、不衛生な環境のため、また紛争の緊張増加のため、人質を決定的な死の危険に直接に晒すことになる。何事も、いかなる理由も、人質幽閉を正当化することはできない。また、非合法軍事団体ばかりでなく警察や正規軍のメンバーが市民社会にたいして行うあるゆる暴力行為(襲撃、脅迫、殺害、大量虐殺)についても同様である。警察や軍隊の軍事一辺倒の戦略は、彼等本来の政治的ないし倫理的プロジェクトを錯倒させるに至っている。 2、我々はまた、コロンビア政府の無責任な承認しがたい態度を断固として糾弾する。コロンビア政府は、自国が内戦状態にあることを認めず、したがって国際人道法の自国への適用を認めず、人質を(交渉によってではなく)軍事力によって解放しようという意志をしばしば示すことによって人質の家族を恐怖に陥れ、パラ・ミリタリー組織から脅迫を受けたり現実に殺害目標となっている民主主義的反対派メンバーたちに侮辱の言葉をあびせている。パラ・ミリタリー組織は麻薬密売業者や政治家たちと緊密な関係にある――司法機関は真実の解明や賠償の命令や暴力禁止の原則を具体化させうるだけの力をもたない。政府の「民主的治安」政策は、最も貧しい人々の生活を保証できず、ただ、「対テロリスム戦争」という偽善的な大義の影に身を隠して政府の活動を正当化しようと努めているにすぎない。これら全ての事柄は、現状にたいする現政権の膨大な責任を示しており、断固とした非難を呼び起こすものである。 3、我々はまた、国際社会の幾つかの国の政策を指弾する。特に米国政府は、その「コロンビア・プラン」「愛国プラン」「強化プラン」をもって、コロンビアの現政権に、恐ろしい戦争のための技術的・経済的手段を供給している。他方ヨーロッパ共同体は、経済的利害を追求して、人道的観点から見て惨憺たる現実に目をつぶっている――これは最近行われたアンデス共同体との交渉にはっきり現れている。この執拗な現実は、コロンビアに関する国連人権委員会の報告書が幾年も前から示している通りである。はたしてコロンビアでは3000人の人質が幽閉されているのである(注1)――その3分1弱がFARCの人質――。またコロンビアには3万人の行方不明者(注2)――主としてパラ・ミリタリー組織の暴力による――と、390万人の強制退去させられた国内難民がいる(注3)。コロンビアは、スーダンとともに、国内難民が世界で最も多い国である。さらに、国民の60%が貧困にあるコロンビアが、耐え難い社会的・文化的な不正義の舞台となっていることを、ここで改めて声高く叫ばなくてはならないだろうか? このような理由のため、我々は、コロンビアにおいて、ラテン・アメリカ諸国において、ヨーロッパ共同体において、アメリカ合衆国において、人質の救助と人道的調停の開始に貢献すべき民主主義的な人々の声の緊急動員を求めます。人道的調停の開始は、非暴力と話し合いに基づいた紛争解決のために必要なステップなのです。この目的のため我々は、世界の人々の面前に、以下の要求を掲げます。 1、FARCが、民間人の人質――営利目的の人質ないし政治家の人質――を、直ちに、無条件に釈放すること。政治家の人質は、いかなる身の代金とも交換できず、何らかの人道的調停の対象ともならず、その運命はひとえに、彼等を監禁している者たちの意志にかかっている。人質の家族の深い苦痛を前にしてFARCは、政治的に責任ある態度をとり、倫理的に整合な姿勢を示すべきである。事態解消の条件をつくりだす能力を示すべきである。それなくして彼等の闘争は、まったく意味をもたない。このような彼等の姿勢は、これまで、人道的調停成立との交換として予想されていたのだが、今や、人道的調停を見越したかたちで採用されるべきではないだろうか。なぜなら、最近発表された政治家の人質たちのビデオと手紙には絶望的な叫びがあり、緊急の対策が必要であることが見て取れるからである。論理的にはこの解放要求は、人質幽閉の責任を負う全ての当事者に向けられている。 2、政府も責任を負って行動を起し、軍事力による人質救助作戦を最終的に放棄して、囚人の交換(政府の監獄に囚われているゲリラと人質になっている警察官や軍兵士の交換)を可能にする人道的調停の基盤をつくること。だがこのような調停の司法上ないし人道上の論理は明確にされていなければならない。すなわち国際法の枠づけをもつこの調停は、戦時における捕虜交換を平和裏にしかも一時的に調整することを目指している。したがってこの調停は、構造的暴力の支配する状況への非暴力的論理の組み込みを意味している。この観点においては、いかなる採用可能な見通しも無視されてはならない。ただし、人質解放を期する交渉が軍事的戦略のために際限なく利用されるということは、けしてあってはならない。 3、国際社会が、第二次世界大戦以後、ラテン・アメリカ最大の悲劇の舞台となっているコロンビアの平和と人権のために、参画の姿勢を休むことなく示すこと。これに関して、3つの要求がさしあたり懸案となっている。すなわち、現地での国連オフィスの永久維持とその行動資金の増加。人道的調停へのヨーロッパ外交のインパクトを強化するため、ヨーロッパ共同体の常駐代表を派遣すること。米州人権法廷に訴訟をおこした団体が活動を最後まで遂行できるようコロンビア国家に保証させるための様々なメカニスムを発展させること。これらもやはり、紛争関係にある諸勢力の犯罪に終止符を打ち、真理や完全補償や暴力再発防止を求める権利を犠牲者諸団体に与えうる、まったく独立した司法システムの再建のための第一ステップにずぎない。その先は、コロンビアの人々の手に委ねられている。社会的正義を再発見し、彼等の国土に吹き荒れる様々な形の暴力の遺棄を可能にする政治的将来をみずから設計するのは、コロンビア人である。 最近、人質たちの生の証しが、メディアに報道され世界の耳目に達したが、そのうちの一つが特に注目を喚起した。イングリッド・ベタンクールが母親にあてて書いた手紙である。そこに見られる個人的な感情と普遍性、疲労困憊と精神的抵抗の混在は、人の心をゆるがせるものである。そこで語られる言葉は、無名の犠牲者(=人質)たちと外の世界とを結ぶ絆のようだ。彼女はアルベール・カミュの名を引いている。それに答える最善の道は、おそらく、『異邦人』の作者の作品を更に読み続け、そして、次のような言葉の前で立ち止まることではないだろうか。「全体主義的圧政は全体主義者の力の上に築かれるのではない。それは自由主義者たちの過ちの上に築かれる。」(カミュ『時事論集 Ⅰ』)コロンビアにおいては、人質たちの顔はその他の恐ろしい犯罪の犠牲者の顔と同様、行動にたいする我々自身の内の足かせの反映である。「ヒューマニティ」という考えが我々にとってまだ何らかの意味を持ちうるならば、今や極めて緊急に、物事の進行は逆転されなくてはならない。 (注1)資料:コロンビアのラジオ放送番組「幽閉者の声」(人質への家族のメーセージ) (注2)行方不明者とは、日常の生活から暴力をもって拉致された人々を指す。彼等はたいてい拷問を受け、遺体が家族に引き渡されることはけしてない。ある日突然、社会から姿を消した彼らは、この現実を無視する現政権と、この事実を知らない国際世論との二重の無関心の対象となっている。資料:人権同盟国際連合(FIDH) (注3)「民主的治安」政策が実施された過去5年間の強制退去=国内難民の数は、 117万4396人である。資料:コロンビアNGO「人権と強制退去に関する委員会」(CODHES) |
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